#9 一人勝ちの思想 4
2011/02/15
「一人勝ちの思想」を超える事件があった。「美談」という枠組みで捉えてはいけない。
アメリカのプロ野球(「大リーグ」とは1軍とそれ以下との相対の中の意味のはずが、世界の野球における位置づけに取って代わっている。「ワールドシリーズ」なる言葉に代表されるように。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では日本が2連覇を達成している。)で本年6月2日、タイガースの投手ガララーガが26人までただの一人も走者を出さなかったのである。そう、完全試合まであと一人だ。そして、最後の打者も1塁ゴロで打ち取った、はずであった。1塁手からベースカバーに入ったガララーガへボールが投げられた。捕ったガララーガも、打者さえもがアウトを確信した時、1塁塁審の判定はセーフだった。ここに完全試合が泡のごとく消え去った。
監督が抗議をしても判定は覆ることはなかった。それはそれで正義だとは思う。
試合後、リプレーを見た1塁塁審は誤審を認めた。そして、完全試合を台無しにしたことが分かった。誤審を謝罪もした。
投手ガララーガはどうしたか。翌日の試合前のメンバー交換時にかの審判員に歩み寄り、握手を交わしたのだった。ガララーガは言った。「完全な人間はいないから。」と。
審判員の涙は止まらなかった。
記録好きのアメリカプロ野球において完全試合がどれほど高い評価を得るか。ワールドシリーズにおいてただの1回しか完全試合は達成されていないのだが、それを成し遂げた投手は、この記録以外投手としての成績は凡庸にもかかわらずアメリカスポーツ史上の記憶に残る偉大なそれとして上位にランクされている。
アメリカのメディアは判定を覆し、完全試合達成と認めるべきだ、とか、ホワイトハウスの報道官までが完全試合の認定をとコメントする始末である。
それほどのものでさえ、ガララーガは審判員を庇ったのである。しかも翌日に。
「一人勝ちの思想」を超えた思想がここにもあると思う。自分の記録だけに固執したなら、あるいは、27人目の走者がイチローのような俊足ランナーであって1塁塁審が誤診でセーフにしたなら、つまり疑惑付きの完全試合であったなら、ガララーガには生涯消えない汚点となろう。
代表理事 渡辺雅之